ところで漏れには、過去にアメリカでビジネスをしていた時期がある。明治学院を卒業した漏れは、父親が創業した海運会社に入社したが、別に内定をもらっていたある会社、その会社は漏れをアメリカのコーネルという大学の大学院に社費留学させてくれる予定であった、を蹴って入社した見返りに、アメリカに社費留学させてもらった。カリフォルニアのUCLAという大学で漏れは会計学を学んだのだが、学業とは別に、漏れは現地のフレンチレストランを買収した。

 そこを買収する前に、漏れはとりあえずアメリカのビジネスをリサーチする会社を現地で立ち上げた。そこで高校時代の友人のアブラハム・リンカーンをパートナーにした。この彼、漏れがアメリカの高校に留学していた時に一番仲のよかった友人で、かつ、ユダヤ人でもあった。ところで、アブラハムといえば「ユダヤ人の父」とされる人物で、神が彼を選んでイスラエルの創始者としたことは、旧約聖書の創世記に詳しく書かれている。しかし、漏れのパートナーの方のアブラハムは、ビジネス的には能力のない人で(人物はすごくいい人だったが)、漏れは彼を雇ってからわずか三ヶ月で彼を解雇してしまった。彼を解雇した際は、サン・フランシスコの法律事務所を通じて解雇の手続きを踏んだが、その後彼に会いに行った時、彼は実に悲しそうな目をして漏れを見つめていた。

 数ヵ月後、漏れはロス・アンゼルスの西部ではやっていたフレンチレストランを買収した。そのレストランは、現地風に言えば「カリフォルニア・クイジン」と呼ばれるジャンルのレストランで、日本へ輸出すれば大いに話題になるであろうと思われた。しかし、その小さなレストランは、売上こそは大きいが、利益はほとんど出ていなかった。そこで漏れは、そこを買収するやいなや従業員の給料カットに着手することにした。

 レストランの中心人物は料理人だが、そのレストランのキッチンにはシェフとスー・シェフ(副シェフ)、数人のアシスタントシェフがいた。レストランはシェフの力量に依存するので、漏れはシェフの給料はそのままにして、スー・シェフ以下のスタッフの給料を削減することにした。そして、それまで固定給であった彼らの給料を、時給制にして削減するという悪知恵を思いついた。ちなみに、ロス・アンゼルスの飲食業界にはメキシコからの移民が数多く働いている。なお、漏れが給料を削減しようとしたスタッフは全員メキシコ人であった。

 給料削減の申し渡しは、彼ら一人一人を呼んで行った。漏れはまず、スー・シェフのヘイスース・マシアス(Jesus Macius)へ給料カットの申し渡しを行った。この彼、当時24歳の漏れに対し、30の歳を越えていたと思うが、地元のカトリック教会の有力メンバーでもあった。今考えると、別に何の落ち度もない従業員の給料を、経営者の一方的な都合でいきなりカットすることは、法的にも、また倫理的にも絶対に許されることではない。しかし、「会社の利益のため」に漏れは、そんなことはまったく考慮しないで、ただ一方的に給料の削減を申し渡した。申し渡しを受けたヘイスースは、しばし沈黙し、やがて漏れの申し渡しを静かに受け入れた。

 その後、多分に罪悪感を持った漏れは、ちょくちょくキッチンでヘイスースに声をかけた。君ってクリスチャンなんだってね、どうして神を信じているの?とか、彼を「敬虔なカトリックである」と認識していた漏れは、彼にはキリスト教に関する話題を選んで持ちかけた。そんなある時、ヘイスースは漏れに、突然次のような問いを投げかけた。原文で誠にスマソだが、"Kenji, Can you guarantee my life?"(なあ健二よ、君に、私の命の保証ができるかい?)。あまりにも突然の質問で、漏れはなんと返答したのかよく覚えていないが、多分適当なことを言ってその場を繕ったのだと思う。漏れは、自分が悪いことをしてしまったと思っていた当のヘイスースから、そんなことを質問されて、結構狼狽してしまった。あの時ヘイスースが発した声、彼の表情、漏れは今でも鮮明に思い出すことができる。ヘイスースの、漏れの心の奥底を見抜くようなまなざしは、漏れの心に強烈なインパクトを与えた。

(続く)

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Column "Hitorigoto"

Vol.6「アブラハムを解雇し、イエスの給料をカットした罪深い漏れ Part1」