漏れは、比較的ユダヤ人という人種と縁があると思う。ユダヤ人が人種がどうかというとこれまた話が複雑になりそうだが、一般的に言われる「ユダヤ人」とは、漏れは結構前から縁がある。漏れはアメリカのカリフォルニアの高校に通ったが、そこで仲良くなった友達のうち、かなりの数がユダヤ人であった。前に漏れはその時の友人の一人のアブラハムを解雇したと書いたが、アブラハムのほかにも、ジェイコブ(ヤコブ)、デビッド(ダビデ)もいたし、デボラ(デボラ)という女の友人もいた。漏れがいた北カリフォルニアには、比較的ユダヤ人が多く住んでいたようで、その中のフェアーファックスという小さな町にも、ユダヤ人が多く住んでいた。そして、漏れが通った高校にも、公立高校だったが、結構な数のユダヤ人生徒がいた。なお、人口二千人のその小さな町では、日本人は漏れだけであった。そのため、町の人は漏れをたいそう珍重してくれた。

 漏れが高校に通い始めた二年目のある時期、漏れは解雇した友人のアブラハムの家に数ヶ月ホームステイしたことがある。彼はその時母親と二人で暮らしていたが、新しい土地に引越ししたての漏れを(漏れは初めて住んだアメリカの地、サンタ・クルーズから引っ越してきていた)住まわしてくれたのだ。彼の母親は、感情の起伏の甚だ激しい人で、よくアブラハムと大喧嘩をしていた。あまりにも日常的に罵り合いを聞いたおかげで、漏れは英語でいう四文字言葉をいち早く憶えてしまった。アブラハムの家は、漏れの家と同じで、彼が幼い頃から両親が別居しており、彼の母はやもめの暮らしをしていた。彼の母、ジョアンナは、たまに漏れにフードスタンプ(低所得世帯に配られる買物券)を見せて、これでスーパーで買い物が出来るんだと教えてくれたりしたが、機嫌が悪くなると、異邦人の漏れにも四文字言葉で罵倒を浴びせるのであった。

 しかしながら、漏れはユダヤ人の家に住みながら高校に通い、学校ではユダヤ人の友達と一緒にだべったりしていたおかげで、何となくユダヤ人というものがわかってきたような気がした。まず、彼らはアメリカ人ではあるが、何よりもユダヤ人であるということに気づいた。漏れは最初、アメリカ人であり、かつ、ユダヤ人であるという意味がまったく理解できなかった。アメリカ人といえば、白人で金髪か、あるいは黒人の、アメリカ国籍を持つ人々であると思っていた(後にアメリカで仕事をし始めた後、この考えも間違いであることに気づかされたが)。しかし、同じ白人でも、「ユダヤ人」は普通のアメリカ人とは違うのである。「俺はユダヤ人だ」とは英語で I'm Jewish. と言うが、この、Jewishという意味がよくわからなかった。「やつらは豚肉を食べないぜ」とか「あいつらは超ケチだぜ」とかいう情報は、後にユダヤ人でないアメリカ人達から何度も聞かされたが、漏れのとったリアクションは、せいぜい、「ふーん、そうなんだ」という程度であった。漏れは、何となくウマが合うと言うだけでユダヤ人達と付き合っていたが、アメリカにおけるユダヤ人とは、漏れが感じる以上に複雑な立場に置かれているということを、それから何年も経って漏れは知るようになった。

(続く)

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Column "Hitorigoto"

Vol.9「漏れにとってのユダヤ人 Part1」